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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)12691号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

岸本寛成

被告

乙川春男

右訴訟代理人弁護士

間石成人

主文

一  被告は、原告に対し、一五五九万九四七二円及びこれに対する平成四年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、四四九一万四〇一二円及びこれに対する平成四年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、腰痛捻挫等の治療のため被告の治療を受けていた原告が、被告の投薬についての過失行為により、ショックを起こして心臓停止に至り、他の病院において救急措置として施行された大動脈内バルーンパイピングのための右大腿部切開により右股関節運動障害の後遺症を負ったとして、被告に対し、診療契約上の債務不履行ないし不法行為に基づき治療費、逸失利益及び慰謝料等の損傷賠償を請求している事案である。

一  争いのない事実等

1  被告は、住所地で、乙川整形外科・外科医院の名称で医院(以下「被告医院」という)を経営し、また、院長として医療に従事しているものである。原告は、昭和一八年二月二六日生まれの男性で、A鉄工株式会社(以下「A鉄工」という)に勤務しているが、平成四年二月二七日、会社工場での作業中、腰部を捻り、腰痛による歩行困難に陥った。同月二八日、被告医院を訪れ、被告の診察を受けた結果、腰痛捻挫、右根性座骨神経痛(腰部椎間板ヘルニア)との診断を受け、被告医院に入院することになった。

2  被告による診療の経緯

平成四年二月二八日、被告は、原告に対し、解熱消炎鎮痛剤ヴェノピリン九〇〇mg、消炎鎮痛剤カシワドール二〇CC、鎮痛鎮静抗アレルギー剤ノイロトロピン特号三CC、ビタミンC五〇〇mg、消化器機能異常治療剤プリンペラン、肝臓抽出アデラビン九号を補液ソルラクトTMR五〇〇CCとともに点滴静注した。同月二九日、同年三月一日と右投与を継続したが、同月二日に約三分の二を点滴静注した時点で、原告の四肢、胸部及び腹部に紅斑を認め、原告が掻痒感を訴えたため、薬剤による発疹を疑い、投与を中止した。被告は、ヴェノピリンの過敏反応を考え、翌三月三日から点滴を変更し、神経筋機能賦活剤ビタノイリン一バイアル、生体酸化還元平衝剤タチオン二〇〇mg、強力ネオミノファーゲンC二〇CC、ノイロトロピン特号三CC、ビタミンC五〇〇mg、プリンペラン、アデラビン九号を補液ペンライブ三〇〇CCとともに点滴静注した。同月四日も同様の点滴を継続したが、過敏反応は認めなかった。同年三月五日、点滴に切り替えてビタノイリン一バイアル、ノイロトロピン特号三CCを五パーセントTZ二〇CCとともに静注したところ、全身に軽度の発疹を認めたが、強力ネオミノファーゲンC二〇CC、デカドロン3.3mg一アンプルの投与により約一時間後に発疹は消失し、一般状態も悪化を認めなかった。同年三月六日以降は、内服薬のみに切り替え、運動療法を継続して施行した。同年四月六日、原告は、軽快退院し、同月六日から八日にかけて、外来受診して運動療法を受けた。

3  事故の発生

(一) 平成四年四月九日、午前一一時二〇分ごろ、原告が被告医院に来院受診し、被告は、腰痛症、右下腿の痺れ感に対する治療として、ビタノイリン一バイアル、ノイロトロピン特号三CCを五パーセントブドウ糖二〇CCとともに静注投与した。

(二) 原告は、右注射の約二〇分後、気分が悪くなったと訴えて三階物療室から一階診療室に入室した。被告が、直ちに診察したところ、顔面はやや紅潮、発疹は認めず、嘔気強く、嘔吐なし、血圧八〇/六〇と低下し、呼吸困難を認めたので、薬剤によるアナフィラキシー・ショックと判断し、合成副腎皮質ホルモン剤ソルメドールを五パーセントブドウ糖二〇CCとともに静注し、ソルメドール五〇〇mgとソルラクトTMR五〇〇CCの点滴を開始したが、意識の消失を認め、症状の悪化が予想されたため、まだ自発呼吸が存する間に転送することが適当であると考え、直ちに大阪府三島救急延命センター(以下「救急延命センター」という)に搬送したが、同センター到着時には既に心臓停止の状態にあった。そこで、すぐに蘇生手術が施され、心臓マッサージ、気管内挿管による酸素投与、大腿部切開による大動脈内バルーンパンピング、各種薬剤投与等の救急措置が施行され、一命をとりとめた。

(三) その後、原告は、四日間程意識不明の状態が続いたが、救急延命センターの治療により、意識も回復し、症状も快方に向かったので、平成四年五月二日、同センターを退院し、同月六日、北摂病院内科に転院したが、心臓停止に関して回復後の経過は良好で、同月一一日には、心機能回復、後遺症は残らないという診断を受け、同病院の整形外科に転科した(甲第三、四号証、五号証の一)。

原告は、救急延命センターには、平成四年四月九日から同年五月二日まで入院(入院日数計二四日)し、北摂病院には、平成四年五月九日から同年八月一日まで入院し、同年八月二日から平成五年三月六日まで通院した(甲第一号証、弁論の全趣旨)。

二  争点及びこれについての当事者の主張

1  被告の注意義務違反の有無

(原告の主張)

(一) 原告は平成四年二月二八日から同年四月四日まで被告医院に入院し、右入院中、被告は、原告に対し、ビタノイリン、ノイロトロピンを含む溶液を点滴投与及び静脈注射したところ、原告においてアレルギー反応が出たため、その後、同溶液の点滴投与、静脈注射を中止し、以降、内服薬と、物療による治療を施行した。よって、この時点で、被告は、原告がビタノイリン、ノイロトロピンに対しアレルギー体質であることを知っていた。しかるに、被告は、前記のとおり、平成四年四月九日、原告がビタノイリン、ノイロトロピンに対しアレルギー反応を起こしひいては、ショック症状を起こすことを知りながら、ビタノイリン、ノイロトロピンを含む溶液を漫然と静注し、原告にショック症状を起こさせ、心臓停止の状態を引き起こした。

(二) 仮に被告において、原告の体質を知らなかったとしても、ビタノイリン、ノイロトロピンは、ともにショック症状を起こさせる危険性のある溶液であり、使用する際には、「緩徐に静脈注射する」「ショック症状が現れることがあるので、観察を十分に行い、このような場合には投薬を中止する」との注意書がされている。しかし、被告においてはそのような注意を払うことなく、漫然と原告に注射し使用した違法がある。

(被告)

原告に対して投与したビタノイリン及びノイロトロピン特号三CCは、何れも日常臨床において汎用されている薬剤であり、副作用としてショック症状があげられているが、その発現の頻度は稀であるとされ、一般にショックに対して安全な薬剤であるとの認識のもとに実地医家に広く採用されている。被告は、原告の従前の診療経過において軽度の過敏症状と思われる症状を認めたことはあったが、右薬剤は、腰痛症、右下腿のしびれ感に対する治療として著効が認められているため、治療上必要と判断し投与した。結果として右薬剤によると考えられるアナフィラキシー・ショックを来しているが、これは、治療上、やむを得ない結果であって被告に責任はない。

2  原告の後遺障害

(一) 内容

(原告の主張)

(1) 前記救急延命センターにおける蘇生手術時の大腿部切開により、原告の右下肢部の可動制限が残り、以後リハビリに努めたが完治しないまま、平成五年三月六日、症状固定と診断された。

(2) 原告の後遺障害は、右大腿神経障害による右股関節可動制限であり、

① しゃがむことが困難である、用便時の苦痛、仕事への影響がある

② 二キロメートル以上の連続歩行が困難である

③ 長時間の立ち仕事が出来ない

等の症状があり、就労上、日常生活上、支障を来している。

(二) 被告の注意義務違反行為との因果関係

(原告の主張)

心臓停止に対する治療として、大腿部切開による大動脈内バルーンパンピングで循環補助を行うことは当然の処置であるので、同切開の後遺症である前記下肢部の可動制限は被告の行為と因果関係がある。

(被告の主張)

原告は、救急措置として施行された大腿部切開による大動脈内バルーンパンピングの後遺症として右股関節の可動制限を来したと主張するが、仮に大腿部切開に伴い大腿神経障害を起こすことがあるとしても、これによる症状は軽微であり、一般に下肢の可動制限等まで伴うことはない。原告主張の右股関節可動制限、就労、日常生活上の支障は、腰痛症、根性座骨神経痛、椎間板ヘルニアによるものと考えられる。

3  原告の損害

(原告の主張)

(一) 治療関係費

三九万二六六八円

(1) 救急延命センター治療費

三五万三六六八円

(2) 入院雑費 三万九〇〇〇円

(二) 休業損害

基礎収入 一一二七万五〇七〇円

休業日数 五四日 (平成四年四月九日から同年六月一日まで)

(三) 後遺症逸失利益

三八三六万六九二〇円

(1) 基礎収入一一二七万五〇七〇円

(2) 原告は、A鉄工で取締役工場長という肩書きを有しているが、仕事内容は管理業務よりも現場での溶接作業や鉄板の加工等の割合が多く、右作業は場所の移動や立ったり座ったりする動作及び重量品の運搬等も含む。そして、右股関節の運動には疼痛を伴うので、股関節運動障害は仕事の効率に影響を及ぼしており、一般生活にも不便を来している。後遺症の程度については、右股関節は、伸展・外転・回徘で左側の二分の一になっており、関節の機能に著しい障害を残すものといえるから、後遺障害別等級表の第一〇級一〇号に相当する。

よって、労働能力喪失率 二七パーセントとなる。

(3) 期間 一八年

(4) 新ホフマン係数12.603

(四) 慰謝料 四八四万円

(1) 入通院慰謝料 四四万円

(2) 後遺症慰謝料 四四〇万円

(五) 既受領額三五万三六六八円

前記(一)ないし(四)の合計額から(五)を控除すると、四四九一万四〇一二円となる。

(被告の主張)

原告の平成五年分、六年分給与所得源泉徴収表によれば平成三年分と比較して収入減が認められるが、これが本件ショックの治療に際しての神経損傷による労働能力低下に関係づけられるかは疑問である。すなわち、経済情勢の悪化により、わが国では近年製造業等の多くの業種で深刻な不況が継続していることは周知の事実であり、A鉄工でも従業員が減少していることからして会社の業績不振による減収とも考えられる。また、原告は、取締役工場長としてA鉄工に勤務し、工程管理、現場作業管理等を行い、実際の現場労働は部下の従業員が有給等で欠席した場合に限ってしていたから後遺障害による影響はほとんどない。また、A鉄工では六〇歳が定年であるから、仮に原告の後遺障害による逸失利益を考えるとしても、六〇歳以降は賃金センサスによる当該年齢の平均賃金額を超える収入を前提とした算定は妥当性を欠く。

第三  争点に対する判断

一  争点1(注意義務違反)について

証拠(甲第六、七号証)及び弁論の全趣旨によれば、ビタノイリンは、ビタミンBの代謝障害が関与する神経・筋疾患に効果をあらわすフルスルチアミンに、リン酸ピリドキサール及び酢酸ヒドロキソコバラミンを配合した静注用製剤であり、ノイロトロピン特号三CCは、非たん白性の活性物質を成分とする注射剤で、鎮痛、鎮静、自律神経調整、抗アレルギー、免疫調整等の薬理作用を有し、腰痛症等の治療に使用されており、いずれも日常臨床において汎用されていること、ビタノイリンの使用説明書には、使用上の注意として「1 本剤及びフルスルチアミンに対し過敏症の既往歴のある患者には投与しないこと、2 副作用 (1)まれにショック症状があらわれることがあるので、血圧降下、胸内苦悶、呼吸困難等の症状が現れた場合には直ちに投与を中止し、適切な処置を行うこと、(2)ときに発疹、またまれに掻痒感等の過敏症状があらわれることがあるので、このような場合は、投与を中止すること」という記載があること、ノイロトロピン特号三CCの使用説明書にも、使用上の注意として、「1 本剤に対し過敏症の既往歴のある患者には投与しないこと、2 副作用、(1)まれに脈拍の異常、呼吸困難等のショック症状があらわれることがあるので、観察を十分に行い、このような場合には、直ちに投与を中止し適切な処置を行うこと、(2)まれに発疹等の過敏症状があらわれるので、このような場合は、投与を中止すること」というような記載があることが認められる。

右事実によれば、ビタノイリン、ノイロトロピン特号三CCは広く臨床で採用されている反面、右使用上の注意に記載されているショック等の副作用の危険性についても一般的に認識されているものといえ、その投与については、過敏症の既往歴ある患者には投与を中止する等の注意義務が認められるところ、本件においても、前記争いのない事実のとおり、被告は、原告が被告医院に入院中、ビタノイリン、ノイロトロピン特号三CCを投与した際に発疹等の過敏反応を認めているから、これら薬剤について、原告がアレルギー体質でショック症状を起こす可能性があることを知っていたか、少なくともこれを十分予見しえたものと認めることができる。よって、被告には、原告に対する右薬剤の投与を避けるべき注意義務があったということができる。

しかるに、前記のとおり、被告は、ビタノイリン一バイアル、ノイロトロピン特号三CCを投与し、その直後、原告は、アナフィラキシー・ショックを起こして心臓停止に至っているから、被告は前記注意義務に違反して、原告にこれら薬剤を投与し右結果を生じさせたものと認められ、被告には、前記注意義務違反があるといわざるをえない。

二  争点2(後遺障害)について

(一)  鑑定の結果によれば、原告の平成七年一月五日時点の症状の診断名は、「腸骨鼠蹊神経と陰部大腿神経損傷後の障害」であること、大動脈内バルーンパンピングのための大腿部切開によって、右鼠蹊部の神経が損傷されており、これにより、①右大腿部内側半から陰嚢、陰茎の右半分に亘る知覚障害と疼痛、②右股関節の運動障害が惹起されていること、右股関節は、他動、自動とも疼痛を伴い、他動運動の場合は疼痛を耐えさせて強制すれば、可動域はほぼ左側と同じになるが、伸展、外旋時の疼痛が特に強いこと、運動による疼痛増強の結果として、あぐらが組めない、和式トイレの使用困難、溶接作業などしゃがんでする仕事ができない、長距離歩行が困難等の日常生活、就労上の影響が生じていること、右神経損傷の回復の可能性はほとんどなく、神経腫切除等の処置によって疼痛を取る、あるいは軽減させて障害を軽減できる可能性はあるが、疼痛の緩回可能性は確実なものとはいえないことが認められ、また、右事実及び証拠(甲第一号証)及び弁論の全趣旨を総合すれば、前記右股関節の運動障害等については、平成五年三月六日、北摂病院において全症状固定の診断がされたことが認められる。

(二)  そして、前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、大腿部切開による大動脈内バルーンパンピングでの循環補助は、心臓停止に対する治療として有用な措置であると一般的に認識されていることが認められるから、本件で被告のビタノイリン及びノイロトロピン特号三CCの投与によってアナフィラキシー・ショックを起こして心臓停止に至った原告に対し、救急延命センターが、大腿部切開による大動脈内バルーンパンピングでの循環補助を施行したことは、救命措置として通常予測される必要な措置を適切に施行したにすぎないものといえる。そうすると、被告の前記過失行為と、右大動脈内バルーンパンピングのための大腿部切開の結果生じた前記原告の後遺障害は、相当因果関係にあると解される。

よって、原告には、本件事故によって前記(一)に認定した右股関節運動障害の後遺障害が生じたと認められる(以下、「本件後遺障害」という)。

三  争点3(損害)について

以上を前提に損害額について検討する。

1  弁論の全趣旨によれば、原告は、治療費等として三五万三六六八円を支出した事実が認められ、他に入院中の雑費として三万九〇〇〇円(一日一三〇〇円の三〇日分)を認めるのが相当である。

2  休業損害

前記争いのない事実のとおり、原告は、アナフィラキシー・ショックによる心臓停止によって、平成四年四月九日救急延命センターに入院し、その後、平成四年五月二日、同センターを退院し、同月六日、北摂病院内科に転院したが、同月一一日には、心機能回復、後遺症は残らないという診断を受け、本件事故以前から罹患していた椎間板ヘルニアの治療のために整形外科に転科した。したがって、同年四月九日から同年五月一一日までの三三日間は、本件事故により休業を余儀なくされたものといえる。そして、証拠(甲八、一三、原告本人)によれば、原告は、本件事故当時、A鉄工において工場長取締役として勤務し、同年齢の男子の平均賃金よりも高額の収入を同社より得ており、本件事故の前年度である平成三年度には給与として一一二七万五〇七〇円が支払われているが、同社は、小規模の会社であって、原告は、工場長として工程管理、現場作業管理、人事管理等の各種管理業務を行う他、自らも工場で溶接等の現場作業を行っており、役員報酬は、右給与とは別に平成三年度で年間約六万円の支払を受けていることが認められる。これらを総合すると、原告には、本件事故前一年間に給与所得一一二七万五〇七〇円の収入があったと認められるので、右金額を一日あたりに換算して前記休業日数を乗じた額である一〇一万九三七〇円が、本件事故によって生じた休業損害であると認められる。

3  後遺症逸失利益

原告は、前記認定のとおり、本件事故によって本件後遺障害を生じたところ、右障害は、平成五年三月六日、固定したのであり、この後遺障害は、後遺障害別等級表の第一二級に該当し、その労働能力喪失率は、一四パーセントと解するのが相当である。そして、証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告が勤務するA鉄工の定年は六〇歳であるが、原告の前任者の工場長は、右年齢で一旦退職した後、会社に再雇用され、好きなときに会社に来て用事をしたり、新工場長の指導をしたりして、従前に比べそれほど減額されていない額の給与の支払を受けていたことが認められ、そうすると、原告も六〇歳以降、前任者と同様、被告会社に雇用されて従前と変わらない額の給与の支払が受けられる可能性が高いことが認められる。しかし、他方で、六〇歳以降の職務内容は、原告の前任者の例からすれば、従前のような各種管理業務、現場作業等ではなく、非常勤の嘱託として、適宜、会社に出勤して、後輩の指導等にあたるようなものと推認されるから、六〇歳以降は、本件後遺障害が就労上、特に支障をもたらすものとは考えられない。そうすると、本件後遺障害による労働能力の喪失は、六〇歳までに限って考慮するのが相当である。なお、被告は、原告の減収は不況によりA鉄工の業績が下がったことによるもので、本件後遺障害とは関係ない旨、主張するが、本件全証拠によっても、右被告主張の事実を認めることはできない。したがって、原告の後遺障害逸失利益は本件事故の前年度の給与収入一一二七万五〇七〇円に0.14を乗じ、症状固定時、原告は五〇歳であったから、右の年齢から六〇歳までの一〇年間に対応するホフマン係数7.9449を乗じて中間利息を控除した一二五四万一一〇二円となる。

4  慰謝料

原告が本件事故により心臓停止に至り、前記のとおり入院及び通院により診療を受けなければならなかったこと及び本件後遺障害による精神的苦痛に対する慰謝料は、入通院の期間、後遺障害の内容、程度等諸般の事情を考慮すると、二〇〇万円が相当である。

5  そうすると、原告の損害は、前記の合計額一五九五万三一四〇円から既受領額三五万三六六八円(右金額を原告が受領したことは、当事者間に争いがない)を控除した一五五九万九四七二円となる。なお、原告は、労災休業補償給付金として二九四万四四一四円(期間平成四年四月九日から同年一二月二〇日まで)を受領しているが、証拠(原告本人)によると右労災休業補償は、本件に先立つ腰椎捻挫を労災と認定して支給されたもので、本件事故による傷害ないし本件後遺障害とは関係なく支給されたものと認められるから、これは控除しないと解するのが相当である。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、前記認定の限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中田昭孝 裁判官瀬戸口壯夫 裁判官久保井恵子)

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